【ボクの履歴書】池田あゆみはこういう人間です。

2018年10月24日

はじめまして。当ブログ”FutureFitnessFood“の管理人をしている池田あゆみです。

このページは僕のプロフィールページとして、自分語りをしていきます。
当ブログでシェアしている情報に留まらず、僕自身に興味を持っていただけて本当に嬉しく思います。

池田あゆみ
ありがとうございます!

このページを通して、僕のことをより深く知ってもらい、仲良くなれそうであればTwitterなんかでメッセージもらえると嬉しくてバルクアップします。

よろしくお願い致します。

基本データ

1994年2月11日生まれ。
横浜生まれ横浜育ち。

池田あゆみ

中学卒業までは野球を、その後はアメリカンフットボール(以下アメフト)に取り組みました。
アメフトではメキシコの大学からスポーツ特待生という形で招待して頂き、メキシコ🇲🇽に留学しました。

池田あゆみ

アイシールド21に憧れて海外で21番をつけ、デビルバットダイブを決める僕。

アメフトのための体作りとして始めたウエイトトレーニング(いわゆる筋トレ)にドハマリし、今はいわゆる筋トレ、ボディメイク系ブロガーというやつです。

現在

池田歩は現在なにをしている人なの?
というのを、随時更新していきます。

2017/10月更新

メキシコのチワワ州にあるチワワ自治大学という大学へ留学しています。
学部は体育学部で、おもに生化学、栄養学を専攻しています。

池田あゆみ

大学の授業でストリートダンスの発表をした時のもので、いつもの僕(左)はこれと全く正反対のタイプの人間です。

チワワ自治大学への留学はもともとアメフトの招待選手として、特待生枠で入学しました。
学費、生活費、食品などが大学から支援されます。(俗に言うフルスカラーシップ)

しかしながら、怪我に怪我を重ね、最終的にはオーバートレーニング症候群で精神的に崩壊するなどの挫折を経て、チームからは戦力外通告を言い渡されました。
現在はすべての支援を排除されましたが、体育学部のカリキュラムが残り2学期で終了(2018/12卒業見込み)しますので、それまでは自費(両親からの支援とブログ収益)で学費、生活費などをやりくりしメキシコ留学生活を継続させています。

スポーツ選手として

幼稚園の年長時に兄や父親の影響で野球を始めてから、アメフト選手として戦力外通告を受けて引退するまで、実に18年間(5-23歳)本格的にスポーツに取り組んできました。

野球少年からアメリカンフットボーラーへの転身

野球選手としては、幼稚園から中学卒業まで10年間活動しましたが、野球が大好きで能力も高かった兄と比べると、僕の野球選手としてのポテンシャルはたかが知れているものでした。

小学生の時に読み始めたマンガ「アイシールド21」の影響を受けてからは、ずっとアメフトに興味を持っていましたので、中学野球引退後には、おそらく始めて両親に自分の思いを告白しました。

池田あゆみ
高校では野球ではなく、アメフトに取り組みたい。

野球少年としてずっと育てられてきたので、野球を辞めたい、ということを伝えるのがすごく怖かったのを覚えています。

アメフトは危なすぎる。と反対されましたが、アイシールド21のマンガを取り出し、

池田あゆみ
防具がこれだけしっかりしているから大丈夫だ!身体も鍛える!

と、熱弁しました。おそらく、僕があそこまで自分の意見を強く通そうとしたのは始めてだったと思います。

僕は勉強が大嫌いでしたが、アメフト部のある高校へ入学するために、高校入試のための勉強を熱心に取り組み、見事に合格。(偏差値は50以下)
受験終了後から高校入学への期間は、アメフトの自主練と筋トレに明け暮れました。ウエイトトレーニングに出会ったのもこのタイミングです。(当時14歳)

これらを通して両親に僕のアメフト熱を伝えることができたので、両親も納得してくれたようです。
一緒に「アイシールド21」を読んでアメフトのルールを勉強したり、プロテインをたくさん買ってくれたりと様々な面で応援していただきました。

アメリカンフットボーラーとして

高校時代はとにかくアメフトの練習に明け暮れました。
当時練習に付き合わせてしまったチームメイトには本当に迷惑かけました。ごめんなさい。。。。

16-19時に部活の練習、帰宅後夕食を食べてから21-23時にジムで筋トレという生活を3年間続けました。
当時は2,3kgのホエイプロテインを1ヶ月で飲みきり、学校へ持っていくカバンは教科書や筆記用具なんかよりもプロテインとサプリメントが詰まっている、そんな粉食生活を送ったおかげもあり、高校2、3年次には周りのアメフト選手と比べても明らかに筋肉質な身体を手に入れました。

U-19の日本代表選手を目指していましたが、残念ながら県代表選手どまり。
それでも、東京の大学からアメフト選手としての推薦入学を認めてもらい大学入試はおこなわず大学へ入学しました。

大学ではとにかく熱心に練習に取り組みました。
既に身体が出来上がっていたことと、”まじめ”に練習してきたことを認めてもらい、1年次から試合に出させていただきました。

が、特別な成績を残すことはなく、そこそこの選手として2年間プレーしました。

2ch 書き込み

2chのスレで名前が上がったのがちょっと自慢。

アメフトを始めた時(むしろ始める前)からずっとまじめに練習に取り組んできましたが、特に最終的な目標というものは定めていませんでした。
というよりは、ずっと考えてきたのですが、“それ”を目指すと心に決める覚悟が整っていなかったのです。

“それ”とはつまり、NFL(プロ)を目指すということです。

最終目標がないことに焦り、大学の2年目を終了した時に本格的に”それ”について考え、出した答えが、

池田あゆみ
“それ”を目指す。

というものでした。(どう考えてもアホです)

“それ”を達成した日本人は当時誰もいません。(2017年現在もなし)
日本代表選手にも選ばれない凡人フットボーラーが目指すにはあまりにも高い壁でした。

19歳(当時)からプロ、しかもNFLを目指すなんてアホ過ぎるという周りの意見に聞く耳を持たず、”それ”を目指すと決めた瞬間から、とにかく「”それ”を達成するため」という行動指針を立て行動の選択を行ないました。

池田あゆみ

フットボールセミナーに参加しているギリギリ日本の大学生だった時の僕。

もちろん、目標を立てたのは少し遅かったことは認めますが、アメフトを始めてから一瞬たりとも練習で手を抜いたことはなく、100%アメフトのためだけに生活してきたという自負がありましたので、そこに自信を持ち当時の目標設定に至りました。

実際にNFLに挑戦した人物に話を聞きに行き、考え出した答えが“アメリカ留学🇺🇸”でした。

本場アメリカで本場のフットボールを学ぶ。

その後アメリカの名門大学に入学し、活躍。

からのドラフトで指名され晴れてプロの選手。

というのが当時のプランです。

圧倒的にアホです。
ただ、いくら当時の僕がアホでも、流石に確実にプロになれるとは思っていませんでした。
その可能性があるから挑戦するというのが当時の僕の考えでした。
ですので、失敗しらどうなるのか、というのも同じぐらい深く考えました。
プランBです。

それは、プロになれなくとも、アメリカの大学を卒業し英語と日本語のバイリンガルとして社会に飛び立つというものでした。

アメリカの名門大学で活躍しドラフトでプロ入り、というプランA
アメリカの大学を卒業し英日のバイリンガルとして社会人へ、というプランB
を掲げ、僕が日本の大学を中退したのが20歳になる年(2014年)の2月のことでした。

メキシコ留学

日本の大学を辞めてからは、トレーニングと英語の勉強、そして留学先の検討をしていましたが、

池田あゆみ
アメリカの留学先が見つからん。。。

留学斡旋のエージェントさんがいたのですが、なかなか上手く行かず、大学を辞めてから4ヶ月が立った2014年の6月に入ってもアメリカの留学先が決まっていませんでした。

と、ここにいきなりLINE電話がかかってきます。(2014/6/1)

「メキシコ留学興味ないか?」

という内容でした。

電話をくださったのは、大学の後輩のお兄さんでドイツやメキシコでプロアメフト選手として活躍されている方です。

「自分のプレーのハイライトビデオを作って送って!」
「身長体重、身体能力のデータ(40ヤード走、ベンチプレスの最大挙上重量など)を送って!」
「今の身体の状態がわかる写真を送って!」
と、指示に従っていると、

「チワワ自治大学が君をフルスカラーシップ(学費全額免除)で招待したいと言っているけど、どう?」

と、ウサインボルトもびっくりのスピードで話が進み、6/10には僕はメキシコに居ました。( ゚д゚)

もっと詳しいことを説明すると、

  • メキシコの1部リーグからは実際にNFL選手を輩出した実績があること
  • アメフトのレベルがアメリカまでとは行かないまでも高いこと
  • スペイン語に加えて英語の勉強も進めればトリリンガルとして社会に飛び出せること

という3つの理由から、

池田あゆみ
このチャンスに飛びつかないわけには行かない!

と、湯船に浸かりながらメキシコ留学に付随する恐怖に全て折り合いをつけて、早速荷物のパッキングを始めたのでした。

メキシコでアメフトを挫折するまで

アメフト引退に至るまでは、別の記事で詳しく解説(言い訳)しています。

今回は当時のツイートを振り返りながら、メキシコでのアメフトの様子を見ていきます。

まず、1年目(2014年)は順調です。

いきなりレギュラーとして活躍。

シーズン5試合目で左膝の内側側副靭帯を損傷。

このシーズンはかなり活躍していたので、シーズン終了後のオールスターゲーム(メキシコvsアメリカ)への選抜待ったなしでしたが、怪我で逃しました。

2年目(2015年)もレギュラーで活躍しますが、今度はシーズン4試合目が終了し、5試合目に向けて練習している時に右足首を捻挫。


怪我で遠征試合に行けずに、テレビで自分のチームを応援していました。
そのシーズンは、その後プレーできませんでした。

1、2年目の怪我はしてしまったけれど、比較的活躍していた時の僕のハイライトビデオがこちら。
https://www.youtube.com/watch?v=06EXLNu2DtM
アメフトがわかる人でないと、ちょっと難しいかもしれません。
主にボールもって走っている人です。色んな人にハグされる人です。

池田あゆみ
背番号はアイシールド21に憧れての21番でランニングバック!(一年目は19)

5年間(メキシコでプレーできる年数)の間にプロで活躍できるぐらいまでレベルアップしなければいけないのに、1、2シーズンと怪我で無駄にしてしまったことに焦りまくった僕は、3年目(2016年)ではアメフトの練習に加え、
足首のリハビリ
基礎体力向上のための筋トレ
走力強化のための陸上競技
1日に3-4種類のトレーニングを組み込むという狂気のトレーニングプログラムに5ヶ月(1-5月)取り組み、オーバートレーニング症候群へまっしぐら。

6月にはバーベルが握れなくなるほどに、トレーニングのストレスがたまりました。

それでもなんとか低空飛行で保ちながら3年目を終え、4年目(2017年)に突入。
3年目はロングスナッパーという、股の間からボールを投げる特殊なポジションのみプレーしました。
https://www.youtube.com/watch?v=w1RFclQJlP8

そして、オーバートレーニング症候群から1年間回復できなかった僕は2017年の8月にヘッドコーチから戦力外通告を言い渡され、チームから解雇。

アメフト選手としての人生をここに終了しました。

今後の活動予定

池田あゆみ

「自己紹介」となるとスポーツの話しか出てこないことからも分かる通り、今までスポーツ以外にはなにもしてきませんでした。
逆にいうと、スポーツのことであれば大抵のことはしてきました。

スポーツを引退ししまった今では、今後新しい体験をすることは少なくなりますが、18年続けてきたスポーツを通して得た経験を社会に還元するべく現在のようなブロガー、ライター、ツイッタラーとしての活動を始めました。

今後は指導側へまわる予定です。
それが、どういった形の指導者なのかは具体的には決めていません。
今のブロガー、ライターという活動も、情報を与える立場にあることは指導者にはかなり近いものだと思っていますので、形にこだわらず自分の体験を誰かに還元していくことを目指します。

もう一つの予定はボディビルです。
チームスポーツはここで終了したましたが、生涯スポーツとしては地道にボディビルに取り組んでいく予定です。
絶対に日本チャンピオンになる!
みたいな熱い思いでやっていくつもりはありません。

その他の細々とした人生の目標については、
「人生でやりたい100のリスト」という記事でアップしますのでそちらを見て頂ければと思います。

菜食主義者として

スポーツ選手、ボディビルダー、体育留学生の他には、菜食主義者という面もあります。
そこに興味を持ってくださった方のために少しだけ説明させていただきます。

僕が菜食主義に興味を持ったのは2016年で、メキシコ暮らしで食生活をコントロールできる場合に限り菜食(現在はヴィーガン)を貫いています。(年末年始に実家に帰る時以外)

中学2年生の時に飼っていたインコが死んでしまってから、命について考えることが多くなり、「死んだらどうなってしまうのか」なんてことを考えることに熱中していた時期もあります。

池田あゆみ

そんなこともあり、今になって振り返ってみると、もともと動物の命に対する人間の扱いに疑問を抱いていたような気がします。

動物の命を搾取しない菜食主義ですが、結局植物の命は奪ってしまうわけで。
植物には命があるの?
そもそも命ってなに?
意志がある=命がある?
人間には自由意志がある?
なんてことを考え始めると、答えは出ないわけなんですが思考遊びとしてはとても面白いです。

僕が菜食主義に思うことについては別の記事になっていますので、こちらも時間がある時にご一読お願いします。

とにかく、僕にとって「ヴィーガンであること」は命について考え続けるための手段であると同時に、「動物が好き」と自信を持って言うため愛を持って動物に触れ合うために必要なことだと思っています。

最後にもう一つ。
はっきりいって僕は過激派ヴィーガンという人達が大嫌いです。

ヴィーガンである自分(正しいことをしている自分)を盾に、そうでない人たちに誹謗中傷を浴びせる。
肉食は残酷だ!
ペットを飼う資格なし!
などなど、過激なことを発信するような人たちです。

菜食主義思想を啓蒙する上では全くの逆効果ですし、全然クールじゃないです。

僕がまず目指したい社会は「ヴィーガンとノンヴィーガンが共存できる社会」
思想が違うだけで仲のいい友達や恋人、家族と決別する以上に寂しいことはないですし、菜食主義思想を拡大させるためにまず必要な一歩だと思っています。

そんなわけで、僕は思想が違う人達とも仲良くしていきたいので、どんな思想、宗教を持っていようが構いませんので、今回のプロフィールを通して、
「こいつ面白いやんけ!」
と少しでも思って頂けたら、Twitterでメッセージなり、フォローなりしていただけると嬉しくて僕の筋肉が大きくなります。


↑Webライターの池田歩への記事執筆のご依頼はこちらからお願い致します。

ちょっと長くなってしまいましたが、ここまで読んでくださってありがとうございます!

これからも仲良くしてやってください〜(`・ω・´)ゞ

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Posted by 池田あゆみ